(あとがき)
私は辻さんの詩の中でも「船出」が好きだ。この「船出」を最初に教えてくれたのは元上司のアルガさんという人で、昨年このエッセイの第一回を書いたときに辻さんについて話を聞かせてもらった。「『船出』は最後の数行が……胸に来るというかね」と言う彼に適当なあいづちを打ちつつ油断しながら読んだところ、やはり最後の数行でうちのめされた。
アルガさんは、もともと十数年来の辻征夫ファンである。会社の朝礼のスピーチで詩を読んだのは、後にも先にも彼だけだったのではないだろうか。「落日──対話篇」「春の問題」の素晴らしさ、評論やエッセイの面白さなどについても教えてくれた。余談だが、彼は墨田区曳舟でひとり暮らしをしていたことがあり、今は荒川を渡った葛飾区で、葛飾生まれの美人の奥さんとお子さんと暮らしている。経緯を尋ねたところ、「東京の東側に住もう」と思ったきっかけのひとつは、やはり、辻さんの詩だったらしい。ほほえましくも、辻さんという詩人の偉大な影響力を感じるエピソードである。案外、辻ファンは川沿いの街に集まっているのかもしれない。
アルガさんは「辻さんの詩は、自分の原点に戻りたいときに帰る場所みたいなもの」だと言う。最近、私にとってもそうなりつつある。この回が書けたのはアルガさんのおかげである。あとがきをもって謝辞にかえさせていただきたい。
辻征夫(つじ・ゆきお、1939-2000)について
詩人。やわらかく平易な言葉づかいでユーモラスに、人生の滋味を教えてくれる抒情詩の書き手。隅田川にほど近い町で暮らし、数々の詩を世に送りました。たとえば辻さんの「かぜのひきかた」という詩に、ミュージシャンの矢野顕子さんが曲をつけて歌っているなど、その詩はさまざまな分野の人を惹きつけ、いまも多くの読者に愛されています。
福島奈美子(ふくしま・なみこ)
1979年生まれ。編集者。2010年よりフリー。Webや雑誌でインタビュー記事などを手がけるかたわら雑文、エッセイを執筆。
Yuzuko(ゆずこ)
イラストレーター。1981年東京生まれ。2003年明治学院大学社会学部社会福祉学科卒業後、田代卓事務所に入社。雑誌・書籍・広告を中心に活動中。著書に『かわいい ありがとうの伝えかた』、『ふせん習慣の始めかた』(ともにメディアファクトリー)ほか多数。