■我が家の辻さん
我が家で「辻さん」と言えば、100%「辻征夫さん」を指す。
我が家とは、ここでは私、夫、義父、義母のことだ。近くに住んでいるのでときどき集まってご飯を食べるのだが、そのときたまに「辻さん」のことが話題にのぼる。いや、結構頻繁にかもしれない。直接の知人だったのは辻さんの元同僚だった義父、ひとりだけ。義母は会ったことはあり、夫は詩集を持って会社までサインを貰いに行ったが不在で会えなかったらしい−−私は、もちろん会ったことがない。
義父は辻さんと同じ大学の文学部(たまたまである)を何年か遅れて出て、ずっと住宅関係の公社に勤めていた。昨年、退職したばかりだ。
義父は家族と人情を心から大事にする生粋の江戸っ子であり、根っからの文学好きでもある(震災のときには本棚にぎっしりと詰まっていた吉本隆明の本が全部雪崩れを起こして、エライことになった)。この義父が、いろんな話に混じってときどき話してくれる「辻さん」のエピソードがぐっと来るのだ。もちろん詩とはまったく関係ない、いわゆる職場での面白エピソードだ。
つまり、ファンには申し訳ないが、辻さんは(面識がないにも関わらず)F島家ではお茶の間的なアイドルなのだった。ゆえに私は、時折脈絡なく「そういえば、辻さんは墨田区出身でしたよね」なんて水を向ける。完全に確信犯だ。
−−辻さんは将棋が好きでね、
なんて話を、まるで親戚のおじさんについての話を聞くように、義母と夫と私は釜めしや卵焼きやお寿司をつまみながら、フムフムと聞く。
−−私や辻さんが勤め出した頃の職場は、将棋が盛んだった。辻さんの最初の上司だった人も将棋好きでね。「辻さんは将棋指す?」と聞いたら「僕は学生時代に将棋盤を小脇に抱えて友人の家を泊まり歩いたもんです。だから、友人は僕のことを“さすらいの将棋指し”と呼んでましたよ」と答えていた。実際、将棋盤を持っていろんな人を訪ね歩いていたらしいんだけど、腕前のほうは、というとどうやらあまり、上手ではなかったらしいんだ。だって、辻さんが書いた詩にもそう書いてあったからね(笑)。