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今、詩歌は葛藤する 
〜『梢にて』、詩の根拠に摂理が重なるとき〜

竹内敏喜

 江代充の『梢にて』(二〇〇〇)には、抗しがたい魅力がある。ただ、その味わいを人に伝えようとしても、自分には未だ困難であると白状せざるを得ない。そのため、この詩集に関しては、最初のページからゆっくりと文字をたどる方法を、読みの戦略として選んでみる。そこで二篇目、三篇目と進み、何らかの道筋が見えたなら、詩のあり方の一種の可能性を示せたと判断し、この稿を綴じることにしたい。
 さっそく、詩集冒頭の作品「梢にて」を挙げる。

おもてには木の枝の頂に
二つの鷺をのせてかさなる木の葉がしげり
かれらは道のうえの白いコサギを
いわば単一に低められたものとしてながめたが
板塀のある
わたり廊下の途中から梢のおくに色付き
それまで口にすることのなかった木箱の印象をいただけるのは
そこから道へ出た
ほかならぬわたしのなかに於てしかありえない

 まず、この詩に対するひとつの解釈を大雑把に語っておく。はじめの四行については、「おもて」「二つ」という語をヒントにして、「鷺」を描いた襖絵か屏風のような作品への言及だと仮定できそうだ。「わたし」はそれを鑑賞した後、移動し、おそらく寺か美術館であろう建物の「印象」として「木箱」を思い浮かべつつ、そうした感想こそ「わたしのなかに於てしかありえない」ことを強調している。その際に「木箱」には、内部のものを人工的に守ろうとする保護のニュアンスが込められたとも考えられるが、鷺の姿はその絵に、絵はその建物に、建物のイメージは「わたし」に包まれていると見定め、囲われてあるものを軽く揶揄しているのかもしれない。もちろん、「わたし」も何かに包まれていることが自覚されており、それが「ほかならぬ」の語の逆説的に意味するものだと想像できる。
 こういった内容として作品を分析した場合、「わたし」という内部世界と外部世界との関係性と、その類似的な見本を提示したにすぎず、意図するところは観念論の明示とも受け取れる。その結果、伏線のように入れられた「単一に低められたもの」という見解の方が、おもしろい価値観として、読後の余韻の前面に出てこないこともない。実際、この一節をよく噛みしめれば、階級社会の実態をひとことで断言しているかのようだ。その観点から作品前半を読み直すと、「コサギ」があらわに投げ出され、「鷺」との間に「かさなる木の葉」が繁っているという指摘は、風刺としても正確な把握だと感じる。
 ここで、一連の理解から見落とされたものを確認しておくと、例えば「梢のおくに色付き」といった発見、「そこから道へ出た」の意志、「印象をいただける」の異様な敬語の挿入に気づく。この再び使用された「道」という語は、さきほどの「単一に低められた」ような「コサギ」のおかれた場所をも示唆するらしい。そのことを踏まえれば、実のところ、作品の主要な論旨は、こちらにおいて見出されるべきとも思われる。
 誤読を恐れずにつづけるが、「色付」くとは建物もしくは枠組みの存在が認識されることだろうし、「わたし」がその存在から離れると同時に現れる「道」とは、空間意識を超越して世界を眺められる能力のことであって、むしろ摂理のような道筋を受け入れることだと、作者は主張しているのかもしれない。ふりかえれば「わたり廊下の途中」といった位置も、その主体が特殊な領域で、それを与えられたことを示すようだ。これらが「印象をいただける」の丁寧な口調を生んだのだろう。そして語り手においては、「コサギ」の立場に同化したような自覚とともに、そこでしか「梢」の意味を複層的に理解できないという自己確立の表現として、「ありえない」の一語に至ったと考えられる。
 ここまで来ると、この作中の図に、ゴルゴダで十字架にかけられた三人の人物が見えてくるから不思議だ。つまり、コサギは磔にされたイエスの譬えではないか。その光景の「おく」に「木箱」すなわち「ノアの方舟」を認められたとき、作者は「道」を進めるのだろう。いずれにせよ、何らかのはじまりが告げられていることは間違いない。
 次に、詩集二番目の作品「庭」を挙げる。

路上から人をたずねて
ながい陰になった平屋の外周を巡ってくると
入口の門の際から
柔らかな茎の向こうにみえていた
先程のひとつの庭にわたしは気付いた
そこにはかたく打ち固められた
淡い色の土の外なにもなく
なじみの湧かないわたしの気持ちを整えるため
中程に
それは小さな土俵がめぐらされてあり
ここでぶつかり
たのしく組み合ってちからを較べ
かおを合わせれば
波のような髪の毛ごしに
吹き飛ばされた骨が割れて日のなかを飛びながら
ちかくの小石や真っ直ぐに尖った草の
庭のあいだの物陰におちてかくれて行く

 冒頭作品の読解にとらわれることなく、この一篇に集中してみるが、はじめの五行で既に、「路上から」や「先程の」といった唐突な表現にぶつかり、語り手が何かを前提にしているらしいと、つまずいてしまう。それだけでなく、「ながい」陰、「柔らかな」茎、「ひとつの」庭のような修飾にも、語り手の強い視線を感じざるを得ない。一方で、「人をたずね」ること、「平屋の外周を巡」ること、「庭」に気づくことが、この人物の行動として記録されている。さて、これらをどのように意味させれば良いのか。
 あまり根拠のない解釈としては、次のような物語化ができる。「路上から」とは、一種の路上生活者の気分を表し、換言すると社会生活者として無力かつ無垢であることを示すのではないか。そうした日陰者の自意識において、「ながい陰」になった面を選んで歩いたり、自然現象における「柔らか」さに共感しがちになるのだろう。それは、親しみを抱いた「茎」の「向こう」に幸運を見出そうとして、「先程」も眺めた「ひとつの庭」に、ようやく「わたし」は目を向けられることに通じていく。かさねて神話論を踏まえたなら、「茎」を神との接点だと捉えられるだろうし、「ひとつの庭」の意味するものは、大きく広がるといえそうだ。
 つづいて、その「庭」は「かたく打ち固められた/淡い色の土の外なにもなく」と説明されている。これは人工的な状態を形容しているのかもしれない。そこで、「なじみの湧かないわたしの気持ちを整え」なければならなくなり、「中程に/それは小さな土俵がめぐらされて」あるものとして想像がふくらまされていく。こうした変容の力を支えるのは、語り手の無垢な精神性だと思われる。
 さらに「土俵」上では、「波のような髪の毛ごしに/吹き飛ばされた骨が割れて日のなかを飛びながら」のように、幻想的な「組み合」いがはじめられ、その結果、割れた「骨」は「小石」や「草」の「物陰」に落ちて「かくれ」るのだが、ここでの「草」が「真っ直ぐに尖った」状態であることに目が留まる。これは、苛酷な世界へと投げ出されることを比喩するのではないか。そうすると作品後半では、失楽園の光景を描いているとも捉えられよう。確かに、創造主の「土俵」作りのイメージを当てはめて読むと、「骨」である人間の堕落と増殖が記されているとも見える。そもそも日本における相撲の行為が、悪霊鎮送の神事であり、ここらにヒントが込められていると考えられないこともない。
 冒頭作品「梢にて」の延長で、この作品を読むならば、「梢」からもっとも遠い「路上」を歩いている「わたし」には、清貧に生きたイエスに近い面もあり、創造主の側にあるものと判断することは妥当だと思われる。「茎」を接点として、天地創造と人類堕落の幻想を与えられたのだろうか。また、ここで「人」を「たずね」ている語り手は、「人」の現在の住処に違和を感じている者ともいえそうだ。
 いささか妄想的な解釈はここまでにして、三番目の作品「草かげの講座」を挙げる。

講座は草かげの古い翼棟でおこなわれ
わたしは初め
外部の風の吹く庭の窓から
狭い小部屋のなかに敷きつめられた
たくさんの小椅子の列をみた
昼間わたしのいるその草地には
枯れしおれた一つの房に
まだ白く小さな実をつける野生のあかい低木と
そこから遠く木をめぐらした庭の隅にも別棟がたち
いくつかの窓に黒い幌を降ろして
開講時刻を知らされていないまま
まだ見ぬ先生が
眠っていることをみなが知っていた
鳩の出揃っている梢のあいだを
素朴なふたつの枝の周囲にまつわりつつ
その上空にわずかな大きさの
枝からは遠く隔たった鳥たちがゆっくりと移って行く

 この作品も、文脈にたくさんの空白があるため、語り手の視線に添っていくだけでは、描かれた内容を疑いなくわかったとは感じられない。ところで、実際に登場しないまでも、「先生」や「みな」の存在が告げられており、彼らの関係としては、「開講時刻を知らされていないまま/まだ見ぬ先生が/眠っていることをみなが知っていた」と述べられている。この関係性だけを頼りに、「みな」の心情を予想することは可能だろうか。あるいは「わたし」が「みな」の心情をどのように感受しているかを、見極めることはできるだろうか。試みとして、この点を中心テーマに置き、作品内容を探っていきたい。
 まず、「講座」は「草かげの古い翼棟」で行われるという。ここから読み取れるのは、草が深く繁っている向こうに古い建物があり、そこで何らかの「講座」がなされるのだが、その「講座」に対する世間の評価は、高くないことをも示しているようだ。「わたし」は「風の吹く庭」から、その建物の「窓」を通して、「狭い小部屋」のなかに「敷きつめられた」たくさんの「小椅子の列」を見る。建物の外で、つかみどころなく「風」が吹き、建物のなかに椅子ばかりが隙間なく整列している情景は、空虚さを想起させる。これらの印象としては、寂れているのひとことに尽きるだろう。
 次に「昼間」の「その草地」には、「枯れしおれた一つの房」に、まだ「白く小さな実」をつける「野生のあかい低木」と、そこから「遠く木をめぐらした庭」の隅にも「別棟」が建ち、いくつかの「窓」に「黒い幌」が降ろされている。こちらの風景への視線の移動は巧みだ。安易な読みだが、「実」に希望が残され、「黒い幌」に見捨てられたものが象徴されているとすれば、さきほどの「古い翼棟」のあり方と、心情的な対照性があると考えられる。いわば待機には排除、空虚には発見といった対立項を見て取ることができるだろう。
 ここで「先生」や「みな」の情報が語られる。「講座」は夜間のため、「先生」は眠っているとも文意をつなげられるが、ともかく「開講時刻を知らされていない」とは、不安の感情を発生させるのではないか。そのうえで、「鳩」の出揃っている「梢」のあいだを、「素朴」な「ふたつの枝」の「周囲」にまつわりつつ、その「上空」に、「枝」からは遠く隔たった「鳥たち」がゆっくりと移って行く、と描かれる。これは何らかの留守の感覚の延長において、開示された景色だろうと直感的に思う。
 「鳩」が「梢」に揃うとは、宗教画にならうと、聖霊としての見張りを暗示しているようだ。遠くの「鳥たち」は、空中をゆっくりと移動しているが、不安定な感情で眺めたなら、必ずしも自在な存在とは見えない。「枝」から遠く隔たって、休息の地への意識すらなく彷徨しているようだし、ましてや「梢」とのあいだの「素朴」な「ふたつの枝」とは、一般化された善と悪のシンボルとも考えられる。そこで揺れている存在なのだ。
 このように解いてくると、「先生」を救い主に近い対象だと見做し、それを待ち望む位置に「みな」が置かれていると捉えられないこともない。「先生」が「眠っている」ことを「みな」が「知って」いるとは、その教えの伝達が停滞しているだけでなく、停滞が常識になっていることを意味するだろう。そして、「わたし」が眺める遠くの「鳥たち」の描写の様子で、「みな」の心情を想像したなら、迷いの状態にあると受け取らざるを得ない。こうした渦中で「わたし」だけは、「白く小さな実」という希望とともに、立ちつくしている。
 三篇の詩をこのように解釈してくると、作品の背景に、キリスト思想が秘められている事実を伺うことができるが、あくまでも個人的な読みでしかなさそうだ。とはいえ、例えば三篇に、ゴルゴダ(子)、失楽園(父)、使徒の受難(聖霊)等の寓意を見出し、三位一体の現状の描写だと理解すれば、作者の気分として、深い孤立の感覚があるとは伝わってくる。この孤立感を通して、詩集全体を味わうことは充分に可能である。むしろ、その視線の徹底性において、「梢」はけっして失われておらず、この詩集で復活を告げているはずだ。読者としては、その意志の強さを尊いものだと思う。

(二〇一四年一月二四日 了)

profile

竹内敏喜(たけうち・としき)

詩人。1972年京都生まれ。詩集に『翰』(彼方社、1997年)、『風を終える』(同、1999年)、『鏡と舞』(詩学社、2001年)、『燦燦』(水仁舎、2004年)、『十六夜のように』(ミッドナイト・プレス、2005年)、『ジャクリーヌの演奏を聴きながら』(水仁舎、2006年)、『任閑録』(同、2008年)、『SCRIPT』(同、2013年)、『灰の巨神』(同、2014年)

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