永田和宏『近代秀歌』に寄せて
前田康子
日本人ならこれだけは知っておきたい近代短歌の百首を集めた一冊が永田和宏の『近代秀歌』です。いろいろな歌人を年代別に集めたアンソロジーというのはたくさんあるのですが、この本では百首と限定して、現代短歌の実作者でもある永田が選び、解説、観賞をしています。
「恋・愛」や「日常」など、全体を十章にわけてその中でじっくりとそれぞれの歌に触れています。第一章の「恋・愛」では
という与謝野晶子の『みだれ髪』の一首が冒頭にあります。与謝野晶子と永田和宏は、私から見れば、少しはなれた位置にあるように今まで思っていましたが、この一冊では特に大切に語られているように感じます。
巻末にこの本に取り上げた歌人としてそれぞれの略歴がずらりと載っていますが、取り上げた三十一人の歌人のうち、女性は、岡本かの子、北見志保子、原阿佐緒、山川登美子、そして与謝野晶子の五人だけです。その中でも晶子が残した作品は今読んでもエネルギッシュで、多くのひとが共感できる青春と恋愛がきらめいています。
岩波新書の第一回刊行書目は斎藤茂吉の『万葉秀歌』上・下で、それは現在までに上下あわせて二〇〇万部以上発行されているといいます。その後、岩波新書に「秀歌」とつくものが出版されたのは、佐藤佐太郎の『茂吉秀歌』上・下です。佐太郎は茂吉の高弟であり、この二つの新書は歌人にとってはバイブル的存在ともいえます。
永田和宏の『近代秀歌』は、岩波新書において三度目の「秀歌」シリーズであり、今後、『現代秀歌』という一冊も刊行される予定です。面白かったのは今年の「ユリイカ」七月号に詩人の中村稔さんが「『近代秀歌』について」と題して何点かの間違いと、異議を唱える長い文章を書かれていることです。
さて、この頃、永田和宏が私によく言われることは「伴侶を大事にしろよ、行けるうちに二人でいろんな所へ行くように。」という言葉です。『近代秀歌』の最後の頁には
という土屋文明の、妻の死を詠んだ歌が載っています。晶子から文明、青春の恋愛から、身近な人の死まで、短歌という定型が織り成すドラマがこの一冊にあります。
前田康子(まえだ・やすこ)
歌人。1966年生まれ。塔短歌会所属。歌集に『ねむそうな木』(ながらみ書房、1996年)、『キンノエノコロ』(砂子屋書房、2002年)、『色水』(青磁社、2006年)、『黄あやめの頃』(砂子屋書房、2011年)