雨だれを舌に受け、蝸牛の気分でみつけた詩、三つ
阿蘇豊
梅雨だ。6月も後半になるといつの間にという感じで紫陽花が咲き始める。それまでは存在を気づかないほどの地味な草木だが、この季節には「花開く」という言葉通りのあでやかな姿を見せる。土の関係らしいが、紫系の色が微妙に赤に傾いたり青に近寄ったりするのもおもしろい。そして、いつの間にか知らないうちに消えていく。この、半分野草っぽいところもいい。
さて、そんな季節にこんな詩が似合っているかどうか。
一読して、「ブラックユーモア」という言葉が浮かんだ。だが、よく使う言葉であるが、ブラックユーモアの何たるかをはっきりとは知らない。そこで、PCに訊ねた。そこにはこうあった。「ブラックユーモアとは、一応笑えるが後味が苦いジョークや思想・思考である。また、発想が恐ろしくて笑うしかない状況や心境に陥る場合にもこう呼ばれる」と。ふむふむ、その眼で見ると、やはりこの詩には、ブラックユーモアが十分に感じられる。だいたい、漬物石を墓石に、なんてねえ。発想はおもしろい、けれどブラック。読んでいるこっちも、笑うに笑えない。その漬物石に白墨で奥さんの名前書いちゃうんだ。冗談と思えない。奥さん、泣くわけだ。このお方、とぼけて、あるいはかるい冗談のつもりで、「まだ生きているのにツレが訊く」とか「日本人らしいことを言うもんだ」とか「ひょっとして ボクでもいいぞ」「いいじゃないか オマエの墓石だ」なんて言うんだろうな。言っちゃうんだろうな。その気持ち、わかる。自分でおもしろがってんだよ。おもしろいって、言ってほしいんだよ。傷つけるつもりはないのかもしれないけど、でも、口に出すなんてうかつなんだよな、この人、なんて、ひとりごちてしまう。
「オフクロから受けついだ漬物石」を「ときが浸みこんだ女のにおいがする」、なんてこんな表現、ちょっと出てこないなあ、それから、最終行「ツレはボクを井戸に沈める」にも味が、こわい味があるなあ。そんな、こわいもの見たさの気分をも楽しんで、本を閉じたのです。
その本は閉じたんですが、記憶の中にひっかかるものがあって、かぼそいその糸を手繰ってみたらこんな詩に行きあたった。
この作品の中のご夫婦のやり取りには、大阪の漫才を聞いてるような、ブラックユーモアらしきにおいがプンプンするのだが、これをそう言っていいものかどうか。作者はお医者さん兼詩人で、この情景はどうも実際のことらしい。となると、うかつに笑えなくなる。認知症の方々の所作を笑うなんてことはできない。けれど、テレビでは綾小路なにがしが、「あれから40年!」なんていって、昔娘であった方々に、きついブラックジョークを投げかけ、喝采を博している。どうなってんだろう。
考えてみればこの作品が、実際の事柄であっても、作ったものでも、ことばによる発表された作品である限り読み手はどう感じてもいいわけで、つまり泣いても笑ってもいいということになる、と思うのだが…
実際に起きたこと、ドキュメンタリーは詩になるのかどうか、書きようによって詩になるのか。3.11や水俣などの例を見れば、できるはずだ。認知症という病気のことも、詩の材料に基本的にはなりうるはずだ。しかし、どんな心もちで接すればいいのか…
この詩集のことばは飾られていない。ことばの果たす役割は、この詩集では、ありのままの事実を伝えることだ。認知症の方々とその周りの現実をそのまま描写する。
その現実には傍から見ると、残酷なほどおかしく、信じがたい事例がたびたびあることを僕たちは教えられる。生々しい、まさに「生きる」人間の姿がここにある。患者本人、病院、家族の方々の、それぞれの与えられた場所で真摯に、必死に「生きる」人の姿だ。「詩は言葉の芸術だ」などと軽々しく言っておれないきびしい人生の現実がここにある。
ちょっと力が入ってしまった。窓の外をジョギングの人が過ぎる。その後をウォーキングの人。今度はウォーキングの面持ちで、涼やかにいこう。できるかな。
ふう。今回は長い詩ばかり選んでしまった。どちらかというと、短くて鋭いほうが好みなんですけどね。 この詩の第2連を読んでいたら、ふっと頭をよぎった詩があった。確か高校の教科書に載っていた詩だ。シュペルヴィエルの「動作」(安藤元雄訳)。こんな詩だ。
なんか両方とも、宇宙感覚なんだよね。無辺の時空間の中の自分、また、一頭の馬。永遠とか無限とか、考えてみればわけのわからないことばだけど、実際に時間として、あるいは宇宙として存在しているわけだからねえ。で、凡人の頭では、「不思議だねえ」というところあたりに、結局は落ち着く。
はたして呼ばれた名前は何だろう、馬が見たものは何だろう。もちろん答えはない。答えはいらない。それが正解。ただ、想像の翼を伸ばして楽しめばいい。
阿蘇豊(あそ・ゆたか)
1950年生 山形県酒田市出身
詩集
『窓がほんの少しあいていて』(ふらんす堂、1996年)
『ア』(開扇堂、2004年) 他
『シテ』『布』『ひょうたん』同人