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《第二期》詩の散歩道 4

雨ににじむ山桜を遠く見て、まばたきしたくなる詩、三つ

阿蘇豊

 ソメイヨシノが散り、雨がふり、向こうの森の山桜が白くにじんでいる。春だ。季節は微速度的に変わるとしても、今は春だ。そういえば、早朝、ホーホケキョが聞こえた。なんども失敗して、たまにきちんと歌った。カーテンの隙間からのぞいても、姿は見えない。どれ、僕も起きて、今日歌う歌を練習しよう。

  二つのしみ

悲しみっていうしみを
消そうとするけれど 消えない
生まれるとすぐ
ついてくるんだ

慈しみというしみは
だんだんと育ってくる
心があったかくなる

このふたつのしみが
長くは生きられないことへの諦めと
生きることへの憧憬であったと
わかるのは
ずっと後になってから

 (月岡一治/詩集『その池について』より)

 着想の妙ですね。ことばの中でうずくまっていることば。ことばで遊ぶ。ことばを遊ぶ。これも詩のだいご味。「悲しみ」と「慈しみ」の漢字も似ていて、性格の違う姉妹みたいに見えてくる。「しみ」って、皮膚のしみも衣服のしみも喜ばれてはもらえなさそうだけど、生きるってことはそんなしみを背負っていかなくちゃならないこと? そうだとしても、できることなら、「楽しみ」や「おかしみ」も加えて、少しにぎやかにやっていきたいと僕は思う。

  世界の半分は

蝉しぐれの中を歩いていると
とんできた油蝉が
ズボンの裾に
縋りつくようにとまった
手に取ると鳴かない蝉

鳴く蝉がいる分だけ
鳴かない蝉がいる
笑う人がいる分だけ
泣く人もいる
世界の半分は
いつも

油蝉の声がいっそう
強く激しく聞こえてくる
泣けない蝉がだまって
聞いている

 (菊田守/詩集『日本昆虫詩集 蝉・蚊・蜻蛉』より)

 虫たちが教えてくれることって、たくさんあるんだよね。鳴かない蝉がズボンに「縋りつくようにとまった」ことで、ふいに世界の基本的な構造に気づく。そうだな、男と女の数はだいたい同じだし、こちらで、泣いている人たちがあれば、ほぼ同数の笑っている人がどこかにいるに違いない。悲しさとうれしさ、正と負、明と暗。世界はその間を、見えはしないが、偏りすぎないようバランスを測りながら回っているのだと思えてくる。

  初夏のしるし

(むこうからくる人がみなわたしとすれ違う少し手前で横道に逸れていく)

入り組んだマンションの玄関先にも陽が廻って
新聞を取りに行く時刻
六時十七分 と
確かめて黒い玄関扉を少しだけ開ける
隣の家の植木鉢に陽が当たっている
それは初夏のしるし―

ゆるくたわんだ朝刊のまるみは手に心地よく
起き抜けの手にはちょうどいい重さ

部屋をくまなく明るくして
過去が隠し持っている未来を
丁寧にめくっていく

今日も細長いかごひとつに
いるものやいらないものを投げ込んで
ト書きのような一日が過ぎていくのだろう

身に覚えのないところに
消しゴムのかすなんかが散らばっていたら
ひどく安堵するのに

小瓶にさした花が
ずいぶんいたんできて
強いにおいを放っている
げんじつのひとのゆめにたちあって
陽を浴びた植木鉢みたいに
からだにあたたかいえきたいがはいる
――初夏のしるし

 (高澤靜香/詩誌「タルタ」34より)

 作者の、この詩誌に載せている作品のパターンは同じで、(むこうからくる人がみなわたしとすれ違う少し手前で横道に逸れていく)というフレーズを最初の一行に置く。これはどんな意図なのだろう。次の行から始まる内容と、どう関わるのだろう。この一行は、他人とうまく行きあえない孤独感とも、願うことが果たされない夢の記述ともとれる。
 で、いつもこのパターンのほかの作品にはなかなか入っていけなくて、?を2つ3つ連ねて終わってしまうのだが、この「初夏のしるし」にはひと目見るなり、つかまってしまった。
 初夏の朝のにおい、手触りが色濃く漂う。第一連の植木鉢に当たる陽、朝刊のまるみ、そしてその重さで初夏を導入する。// そうか、新聞は「過去が隠し持っている未来」なのであるか。// 細長いかごとは何だ。時間だろうか。ト書きのような一日とは。すでにあつらえられたプリペイドのような一日か。(なんのこっちゃ)// (アジアの知らない町を歩いているような)// 消しゴムのカスは誰かが何かを行った痕跡・・・// げんじつのひとのゆめにたちあって からだにあたたかいえきたいがはいる// (今日、いけるよ、よかったね)
 この詩は一枚の抽象絵画のように見えて、あれこれチクチク触発される。
 知らない道すじを歩いている。咲く花の名前は知らない。けれど、風は爽やかで、いい気分だ。非力な僕の蝶も勝手気ままに羽ばたける。こんなふうに。

profile

阿蘇豊(あそ・ゆたか)

1950年生 山形県酒田市出身
詩集
『窓がほんの少しあいていて』(ふらんす堂、1996年)
『ア』(開扇堂、2004年) 他
『シテ』『布』『ひょうたん』同人

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