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今、詩歌は葛藤する 25
〜『生の泉』、命の尊さが実感されるとき〜

竹内敏喜

 今年の八月の終わりに、『折口信夫対話2 日本の詩歌』を読み返したところ、赤木健介のある問いかけに応えた折口の言葉が、不可解なほど頭に残った。それは折口ならではの課題とも思われ、あるいは本居宣長の歌に通じるかもしれないが、彼の特徴を素直に露呈しているようであった。なお、この対話が雑誌に発表されたのは一九四九年である。
 赤木はまず、これまでも先生に対して失礼な批評を試みてきたと詫びながら、次のように述べる。「風景をうたわれた場合に、非常にそれが形式的観念的で、具象的でないのです。しらべは美しくととのっていますが、心にうったえるひびきをもたないのです。これはどういうわけでしょうか」。
 確かに折口の短歌には、形式的観念的な傾向があるけれども、だからといって、余分なものの排除されたようなしらべの整いが、心に訴えかける響きを持たないとは思わない。ともかく、問いかけの意図するものは、詩歌の形式的観念的な面と、それに対する当時の読者の感じ方について、大事な指摘を含んでいると理解できる。あわせて、「風景をうたわれた場合」との限定は、表現主体にとって何を意味するのか、詩歌の古くて新しいこの問題を考えなければならないだろう。これに対し、折口はおおよそ次のように語る。
 「(戦死した養子の)春洋は自然描写がうまいです。情熱をもっておりました。ところが私は非常に機械的です。歌の一ばん本質的なものは、象徴的なものですね。叙景詩も万葉時代から発達しているけれども、叙景詩がさかんになったのは、実際には、根岸派が出てきてからのことです。どうしても叙景詩がほんとうである、というようになってしまいました。私の場合、その流れのなかにあって、叙景詩も自分でも喜ぶようなものができましたけれども、たいていの場合には、なにか自分の教養のためにつくっている。というより、これを作らなければ歌ではないという気がしていたのですね」。
 この発言を受け、赤木は補足する。「日本の短歌は、やはり抒情が主だとおもいます。近代短歌になって、アララギ派が、非常に叙景をおもんじたということが、今の短歌に大きな影響をおよぼしているとおもいます。これはぜんぜん悪いとはおもっておりませんが、叙景詩あるいは自然歌が主流であったことが、短歌を近代的のものにしなかった大きな原因になっているとおもいます」。
 比類ないほどの学問に裏打ちされているのだろうが、直観的に対話が展開されていることから、内容は一気に本質的な部分へと進んでいる。ここでの両者の短歌観にさほど違いがないとみた場合、歌とは象徴的なものを中心に、抒情が主だったものとして発展し、それへの反動の姿勢も含めて叙景の方法が後に盛んになったと、まとめられないこともない。折口は自分の教養のために叙景詩をつくったと答え、赤木は叙景詩が主流であったことが短歌を近代的のものにしなかったと、自分の意見を添えている。これらがどれくらい正確な判断なのかわからないが、現代の視点から眺めても、象徴的なものに対する価値のあり方や、近代性に対する距離感が、考察すべきものとして取り上げられそうだ。
 例えば、折口の発想のひとつに、ものごとは単純なものから複雑になっていくという思想がある。この単純なものとは、どちらかといえば象徴的なものと性格が近いだろう。こうした文化観から本質にあたるものを導きだし、折口が自分の詩歌像の理想のようなものにしていたとしても不思議はない。その立場から眺めれば、抒情とは複雑なものの個別的な表れであろうし、叙景は抒情詩の技巧的な部分を強調したもののようにも感じられたはずだ。そのため月並みな叙景詩は、たとえ書き手の意識がいかに高度であろうとも、発見された風景の多様性の表れではなく、過去の詩歌の遺産のうえで言葉と戯れることにより、全体が抽象化されたものにすぎないとみえてくる。同時に精神的な面においては、社会の広がりを見渡すことができず、近代性との関係をうまく持てなかったとみなせよう。  以上が、まったくの暴論であることは自覚している。しかし、この図式にあてはまる作者が多かったのも事実であろう。それは現在にもいくらか通じている気がする。別の見方をすれば、詩人が対象を客観視すればするほど、風景であろうと情感であろうと観念であろうと、それを捉えようとする態度は叙景のようになっていく。そのとき叙景という方法論に留まるなら、書き手は作品を量産するだけとなり、いったい何のために書いているのかと、価値基準を見失うおそれさえある。だが、そこをあらためて起点だと見定めることが重要なのかもしれない。そのなかで、空虚になりつつある書き手という主観的存在そのものが、象徴的なものに似ていると気づくのではないか。むしろ主観性を働かせつつ、言葉の秩序に忠実な形式を成し遂げているといった方が良いのかもしれない。やがて言葉の秩序のなかに命の流れがみえ、ふいに命の尊さが実感されるはずだ。芭蕉の発句を挙げるまでもなく、叙景の方法を徹底すれば象徴に至るとは、こうした過程の結果だと考えられよう。ここにおいて、詩人も確固とした価値観を抱くことが可能となるにちがいない。
 折口は、最初からこの位置にいたと思われる。そして自由詩の世界でそうした人物を探すなら、筆者には中村剛彦がみつかる。

春の朝霧に揺籃する極彩色の球
なぜ浮遊するのかと問う心なく眺め入り
おのずと笑みこぼれる
あれは確か詩というやつだ
この口からぽっと飛び出し
帰る場を探して空中で震えている
このまま遠のいて
夜空を旅する星座の一員となるかい
もう戻らないのかい
お前はお前が自由に生きられる砂漠を巡りなよ
さようなら、僕が最も信じられた友だち

 『生の泉』(二〇一〇)から作品「一瞬の出来事」を引いた。これはロマン派に属しそうなセンチメンタルな詩として、一般的には片づけられるかもしれない。シャボン玉にも似た「極彩色の球」が、語り手には「詩」にみえ、「僕が最も信じられた友だち」だとうたわれたうえで、別れを告げているのだから、孤独な詩人の悲哀を読み取るのは当然だといえる。しかし先ほどの、空虚になりつつある書き手という主観的存在そのものが象徴的なものに似る、という観点を重ねてみると、違った味わいが感じられないこともない。
 試みに、原文のニュアンスを残しながら物語風に意訳すれば以下のようになる。春の朝霧に揺籃する極彩色の球に眺め入り、なぜ浮遊するのかと問う心なく、おのずと笑みがこぼれる。この口からぽっと飛び出し、帰る場を探して空中で震えているが、お前はこのまま遠のいて夜空を旅する星座の一員となるのか。自由に生きられる砂漠を巡ればいい。お前こそは詩であり、僕が最も信じられた友だちだった。
 リズム感を排除し、物語風に読むことで客観性を高めれば、内容の方向として、詩とのかかわりを失いつつある抜け殻となった語り手と、それでも残っている詩歌への憧憬を描いているのがよくわかる。具体的にみると、春の朝霧、極彩色の球、星座、砂漠などは、外界の自然描写において選択された言葉というより、空想のなかで純化されたものとしか思えない。これはからっぽになりつつある書き手の主観性が求めたものだ。それらのイメージのこわばりを緩和させるかのように、揺籃、浮遊、震え、巡れ、といった不安定さを暗示する言葉がつらねられている。その効果として、汚れ切ったがゆえに清らかに輝き出した語り手の心境が伝わってくるだろう。この心境が、空想を言語化する際、あるべき距離感を保たせ、方法としての叙景に近づいたのではないか。
 念のため、語り手の心の動きをもう一度たどると、問う心なく眺め入り、おのずと笑みこぼれ、お前は自由に巡りなよと念じ、さようならと告げている。つまり、対象の自在さと自己の不自由さを対比するよりも、あきらめきった気持ちで、相手への親愛の情をまよいなく表現しているらしい。ならば、その相手とは何なのか、単なる「詩というやつ」ではないはずだ。相手との関係として、「最も信じられた友だち」の意図し求めるものは何か。これらをさらに探求するため、作品「煙」を挙げてみる。

「いつかは死ぬんだから」
彼女は細い腕を私の首に巻きつけて言った
「私は生きたよ」
その震える手を頬に当てて強く言った
「怖がることは何もない」
絶えぬ野心の瞳を前方の雨の窓に照らして言った
「あなただけの真実を手ばなさなければいいんだ」
痩せきった全身に力を込めて言った
「あなたはこれからの人、あきらめないで」
彼女は嗚咽まじりに言葉を絞った
「見て、あそこに届いているもの」
雲の間から射す光が彼女の心を開いていく
「でも、私たちは何にもなれなかった」
雨はまだ降っている、降りつづく……
「忘れてください、旅立ってください」
息が一つ、煙のように立ちのぼり
言葉の炎は消える
幻の庭の石に天の光射し入る
飛翔……

 この作品には、「息が一つ、煙のように立ちのぼり/言葉の炎は消える」「飛翔……」との一節がある。これは、作品「一瞬の出来事」での「この口からぽっと飛び出し」「さようなら、僕が最も信じられた友だち」の流れにそっくりだ。しかしこちらでは具体的に、病室にいるらしい「彼女」の存在と、その彼女のセリフ、彼女の周囲の景色が描かれている。一方、語り手の視線の動きをたどれば、「前方の雨の窓」「雲の間から射す光」「幻の庭の石に天の光射し入る」のように、室内の情景から、しだいに彼女という存在をめぐっての宗教的とも呼べる光景へと変わっていく。おそらく、「雲の間から射す光が彼女の心を開いていく」とは安らぎに満たされた最後を迎えている姿であり、「言葉の炎は消える」は彼女の死を暗示し、「幻の庭の石に天の光射し入る」は彼女の墓をとりまく光の作用で死後の浄化を表しているのだろう。「さようなら、僕が最も信じられた友だち」を自己の良き部分との別れだと捉えるなら、こちらのラストの「飛翔……」は他者の良き部分との別れであり、両者には異なったニュアンスがあると受け取ることができる。
 「飛翔……」は、語り手が眺める彼女の魂の上昇をうたったものと、ひとまず考えられる。疑うわけではないけれど、魂の上昇を前にしての「飛翔……」という表現に、違和感がうまれないためには、語り手に敬虔な気持ちがなければならない。作品全体を見渡して、語り手の愛情にかげりはみつかるだろうか。あるとすれば、語り手が「絶えぬ野心の瞳」を保っていたことと、彼女の遺言とも受け取れる「忘れてください、旅立ってください」を、作者が作品内に記したことだ。「絶えぬ野心の瞳を前方の雨の窓に照らして」については、死に至るだろう彼女を思って涙を流している自己の様子を、いずれは作品にしたいという意識が込められた一行とも読み取れる。また後者は、彼女からのいたわりを示すセリフであるとはいえ、彼女が亡くなった後に、語り手に自己の「飛翔……」の方法を考えさせる可能性を開いている。少なくとも、モデルであろう女性が現在も生きている事実を筆者は知っているので、こうした問題提起をせざるを得ない。
 作品が事実に即している必要はないし、最愛の人を失いそうなときに、亡くした後のことを想像してしまうのは、人間として普通の行為だ。ましてや、作品では彼女の魂の行方を美しく仕上げようとしている。そこで注目したいのは、実際の経験をふまえたうえでの「飛翔……」という空想と、孤独ななかで夢想された「さようなら、僕が最も信じられた友だち」を比較してみると、「飛翔……」の方により形式的観念的な傾向がにじみ出ているということである。その要因は、こちらが短い言葉で表現されているための凝縮力ではない。そうではなく、他にいい換えられないくらいに、真の愛を求め、言葉の秩序に忠実な形式を成し遂げているためだと考えられる。いわば完璧なのだ。
 出来事は出来事として事後に変えられないゆえに、どんな空想にも無力さ非力さの感触が残る。それでも作品が記されるとき、語り手の精神は「飛翔……」そのものに向かっていっただろう。作品「煙」の末尾の四行に、洗練された象徴性があらわれているとしたら、永遠への願いが込められているからだと思わずにはいられない。
 もう一篇、「虹」を挙げる。

病室の窓には雨がいつまでも滴り
そばに居続けることの空しさはつのる
読みかけの小説を閉じ
眠るあなたの額に手を当ててみる
あなたはゆっくりと目を開け
微笑み、私の背後に広がる空を見つめる
祝福されているかのような
この一瞬のあなたの顔の美しさを
忘れまい

 内容についての説明はいらないだろう。あえて付け加えると、「病室の窓には雨」には語り手の心のなかの涙が譬えられているだろうし、「あなた」のみつめる「私の背後に広がる空」は、作品「煙」での「あなたはこれからの人、あきらめないで」に通じると思われる。「祝福されているかのような」との一行を加えることで、「この一瞬のあなたの顔の美しさ」には、超越性からの客観的な光が射し、美しさはより無垢な清らかさに包まれている。そして、「この一瞬」を「忘れまい」と書くことほど、赤裸々な詩作表現はないが、これは自覚ある詩人なら一生に一度しか使用できない慣用句ともいえよう。それがここにある。「詩というやつ」や「最も信じられた友だち」の意図し求めた真の愛を含め、詩人の全作品を背負った一節と受けとめるなら、空虚になりつつある書き手という主観的存在が、象徴的なものに似ることの、一例ともみえる。その後、この詩人は詩作に集中できないらしく、時に詩や詩人についての考察を発表している。良き復活を期待したい。

(二〇一六年九月二〇日 了)

profile

竹内敏喜(たけうち・としき)

詩人。1972年京都生まれ。詩集に『翰』(彼方社、1997年)、『風を終える』(同、1999年)、『鏡と舞』(詩学社、2001年)、『燦燦』(水仁舎、2004年)、『十六夜のように』(ミッドナイト・プレス、2005年)、『ジャクリーヌの演奏を聴きながら』(水仁舎、2006年)、『任閑録』(同、2008年)、『SCRIPT』(同、2013年)、『灰の巨神』(同、2014年)

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