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吉岡実と舞踊

隅田有

詩と舞踊は親和性が高いのだろう。クラシックからコンテンポラリーダンスまで、詩と詩人にまつわる様々な舞踊が作られて来た。テオフィル・ゴーチエの詩『Le Spectre de la rose』をもとに作られたパ・ド・ドゥ『薔薇の精』("Le Spectre de la rose" 1911年フォーキン)や、バイロンの長編詩から想を得た全幕バレエ『海賊』("Le Corsaire" 1856年マジリエ、1863年プティパ)などは、初演から百年以上を経過した現在でも上演される人気の演目だ。ステファヌ・マラルメの詩をもとにドビュッシーが作曲した『牧神の午後への前奏曲』は、ニジンスキー版『牧神の午後』(1912)を筆頭に多くの作品に使われている。

舞踊もまた詩人に様々なインスピレーションを与えてきただろう。しかし舞踊から詩に向かって伸びるつながりは、長い時間ののちに薄れてしまうこともあるようだ。『リラの園』または『ライラック・ガーデン』の名で親しまれるアントニー・チューダー振付のバレエと、吉岡実の同名の詩との関係を紹介したい。

ライラック・ガーデン

紫のいろは夜のみつぎもの
すべての音楽が沈みやすいように
すこしずつ泡だちながら
庭から星を消す
それはまわりのライラックの花咲く頃
石の像はささやかれる
嫉妬にも愛にも
抽象的な倦怠をかたどる
欠けた耳をたれたまま
そのかげから
美しい妻はいざなわれる
心をぬれた鳥がかけぬけ
不倫の腰帯 橙色の男のうでのなかで
純粋な恋の跳躍
ただいちどしかできない角度
かんらんの枝のおもみで女は支えられる
喜ばしい罪の肌着のひと裂き
なやましい絹の足がまじわるとき
髯の男この館の主はとびだしてどなる
かけだす犬 ランプをまもる猫たち
髯の男は情欲の大きな輪をひろげてゆく
花の破綻の中心に
おのれの情人たる緑の着物の女をよこたえる
咲きそびれたライラック以外の花の
めざめる声をききながら
下男は玩具の猿の踊り
女中は玩具の蛇の踊り
ライラックの花のしげみで
まっちをするな
夜鶯を鳴かすな
館のろうそくのひかりを蠱惑する海辺の風を
ことごとくまねきいれる
ひだの多い美しい妻の裳で
愛をいつわる女の乳房のふかさを石にきざみ
秋の海の反響はかすかになってゆく
いまは人物も不在の庭の空を
夜鶯も鳴き過ぎる
他の種の花も匂いだす
狂ってのぼる黄色い月は
近づく朝のみつぎもの

 (吉岡実/現代詩文庫14『吉岡実詩集』拾遺詩篇から)

チューダーは20世紀に活躍した振付家である。ムーヴメントで登場人物の内面を描写する手法は「心理的バレエ」と呼ばれた。代表作の一つである『リラの園』("Jardin aux lilas" 1936年)は20分弱の作品で、月夜のガーデンパーティの様子を描いている。愛のない結婚を控えたキャロラインと婚約者、キャロラインのかつての恋人、そして婚約者の愛人の四角関係を中心に、ひと癖ありそうな男女が次々と登場する。キャロラインとかつての恋人は人目をはばかり別れを惜しむが、何かと邪魔が入る。婚約者は愛人につれないが、こちらもお互いに未練がありそうだ。キャロラインが婚約者に促され、パーティを去る場面で幕となる。背景画には満開のライラックの花と大きな月が描かれている。

詩の中の「美しい妻」はキャロライン、橙色の男は(現在舞台で見る衣装の色とは異なるが)キャロラインの愛する男だろう。主要な登場人物は四人なので、舞台に忠実に解釈すると、髯の男と緑の女は残りの二人、婚約者と愛人となる。
「純粋な恋の跳躍」「女は支えられる」「なやましい絹の足がまじわるとき」は、そのまま作中のパやパ・ド・ドゥの描写のようだ。本作の振付は、様式美に優れた、いわゆる"クラシック・バレエ"のそれとは異なっている。ポーズは絵としての美しさもさることながら、役柄の心の内を表し、ステップは高度なテクニックを強調することなく、流れるように続いてゆく。したがって「ただいちどしかできない角度」という言葉は"シークエンス"が美しいチューダーの振付を的確にとらえている。橙色の男、緑の着物に加え、ライラックの紫色や、狂ってのぼる月の黄色など、本作はまた実に色彩豊かな詩だ。『果物の終わり』(詩集「紡錘形」より)という作品の中に「オペラ館の極彩色の舞台の予言の歌手たち」という一行があることからも、劇場の色とりどりの照明や衣装は、吉岡実に強い印象を残したのだろう。

『リラの園』の日本初演は1954年。上海バレエ・リュスで活躍した小牧正英率いる小牧バレエ団が8月から9月にかけて、東京の日本劇場(日劇)や大阪の北野劇場で上演した三本立てのうちの一本であった。チューダー本人とチューダー作品を得意とする花形ダンサーのノラ・ケイが来日し、トリプルビルは大きな話題になったという。9月末から10月にかけては、チューダーとケイの送別公演として『リラの園』が再び日劇で上演されている。詩が作られた年代から推測すると、おそらく吉岡実はこの公演のいずれかを見ている。『火の鳥』と『カフェ・バア・カンカン』または古典二作の抜粋が同時上演されているが、果たして『リラの園』以外の作品も吉岡実の詩の中に見出されるのだろうか。

なお本作の音楽はショーソンの『詩曲』。こんな所も詩と関係の深いバレエなのであった。

参考文献
糟谷里美「バレエ振付演出家 小牧正英(1911-2006)研究 : バレエ・ルッスの日本への導入をめぐって」2014-03-24 Ochanomizu University Web Library Institutional Repository

日本芸術文化振興会『日本洋舞史年表I 1900〜1959』

profile

隅田有(すみだ・ゆう)

第一回びーぐる新人
The Dance Timesに、2010年より舞踊批評を書いている。
詩集に『クロッシング』(空とぶキリン社、2015年)

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