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本をつくる人 1 手製本

美篶堂 上島明子さんインタビュー

詩集って、誰かにとっての宝物だと思います

photo by ©Chika Takami

 いまの時流にも姿勢を変えることなく、昔ながらのやり方を頑に守り続ける人がいる。

 機械化や電子化の流れは、どんどんと生活を便利で快適で楽にしてくれる反面、何かを置き去りにしてしまうのではないか、本当は手放してはいけない大事なものを、捨てたり忘れたりしてしまうのではないかと感じて、頑に守り続ける人が。

 本づくりの世界にも、そんな人たちがいる。

 愛すべき本、美しい本、思いのこもった本を作りたいと、それだけを願っている。
 そして日々の仕事と向き合っている。

 一冊一冊を主に手作業でつくっている製本所、美篶堂(みすずどう)も、そんな人たちの集まりだ。昔ながらの本づくりの技を、いまも守り続けている。

 美篶堂の代表、上島明子さんにお話をうかがった。

■夢がかなった

──最近、詩人の谷川俊太郎さんと画家の望月通陽さんの詩画集『せんはうたう』(ゆめある舎刊)の製本を手がけられたと聞きました。それはどんな経緯で始まったのですか?

上島明子さん(以下、上島さん):とても個人的な話なのですが、『せんはうたう』を出版なさった、ゆめある舎の谷川恵さんの妹が、実は私の古くからの友人なんです。彼女から「姉が『詩画集を作りたい、美篶堂に製本を』と言ってるよ」と話を聞きまして。すると、ある日本当に、恵さんから連絡をいただいて「望月さんの絵で、俊太郎さんの詩で、大西隆介さんという方が装丁で」という、そんな詩画集の製本を美篶堂に、とご依頼をいただいたんです。


──それはすごいご縁、というか、すごいメンバーですね。

上島さん:私の友人は「いつかそんな本を作ってほしかったの。ようやく私の夢がかなったわ」なんて言ってくれていたんですが、もうとにかくそんなお話でしたし、気持ち的にいっぱいで……、恵さんの中にイメージができあがっていらしたので、それをこちらは形にできるように努力しました。


──(『せんはうたう』の実物を手にとりながら)手ざわりのやわらかな、きれいな本ですね。どんなところに工夫なさったのでしょうか?

上島さん:俊太郎さんから「軽やかなご本にしたい」というお話を伺いまして、フランス装という仕方で製本しています。手はかかっているのだけれども、ハードカバーとはまた違った、軽やかな仕上がりのものということで。

 フランス装というのは、表紙を三方から折り込むのですが、手で折らないといけないんです。機械折りですと、糊付けされて空気が入らないせいか、本を開こうとすると感触が固く仕上がってしまうようで。糊付けはしないで、手でていねいに折ると、表紙を開くときにもしなやかなんです。

 それと、デザイナーの大西さんが表紙の紙を吟味し折りやすい紙を選んでくださ り、なおのこと軽さがでたように思います。

photo by ©Chika Takami

──機械で製本するのと、手で折るのと、そういう違いが出るんですね。他にも何かエピソードはありますか?

上島さん:そうですね……。エピソードといいますか、伊那にハッピークローバーさんといって、障害者の就労継続支援をなさっている事業所があって、いままではできあがった本を梱包するための緩衝剤の詰め物作りや、納品する本の箱詰めなどをお願いしていたのですが、今回はフランス表紙の一部を折ってもらいました。やさしい仕上がりの本になったと思います。

■伊那工場にて

 昨年の春に久しぶりに美篶堂の伊那工場を訪れました。アルプスの山々に囲まれ、広々と田が続くなか、ひょっこりと製本所の建物が現われます。
 伊那工場を取り仕切るのは、上島真一工場長です。
 ちょうどそのときもフランス装や小口折りの本に取り掛かっていましたが、本の判型や紙の厚さなどから背幅や四方の折り込み具合など、表紙の寸法をその場で割り出していきます。そして試作用に紙をぱっと断裁して、確かめるように本文に折り込んでみます。

小口折りの表紙に本文を合わせる工場長

 印象的だったのは、その夜のことでした。夕飯を皆で食べ、桜の満開の時期だからと、工場長が名所へ案内してくれて夜桜を楽しんだ後でした。もう十時近かったでしょうか。
「そうだ」
 と思い出したかのように、いそいそと工場へ戻っていくと、明かりを点けて、昼間の続き、と二十部限定の特注本用の函を作り始めました。
 どうやらヨーロッパから特別に取り寄せた紙がくせもので、シワにならないようにきれいに函の表面に貼るためにはどうしたらいいかと思案しているようでした。何度か試みた後、工場長はふいっと外へ出ていってしまいました。
 時計を見ると、夜の十一時をまわっていました。いつも遅くまで作業しているとは聞いていましたが、そのわけはこれだったかと思っていると、工場長は戻ってきました。
 それからすいすいと作業を進めていき、「そういうことか」と独り言をつぶやいています。用意してあった函一つ一つに取り寄せた紙を貼っていき、上手くいった様子でした。
 あのとき何をしていたんですか、と後で訊くと、糊の塗り方にコツがあったんです、と教えてくれました。いったいどうしたらそんな些細なやり方の違いに気づくんだろうと思うようなことでしたが、シワが寄らず、きれいに特殊紙が貼られた函を見ていると、当たり前のように手にしている本が、実は陰でこんな創意工夫によってできあがっていることに気づかされました。
「あれこれ試行錯誤するなかで、ふっとアイデアがひらめくときがあるんです」と工場長は言いました。はたから見ていると、まさにその夜がそうでしたが、アイデアは突然のようでもあり、あれほど一日じゅう製本に打ち込んでいるのだから、それは必然のようにも感じられました。

本の背に刷毛で糊を塗っているところ

 フランス装の話に戻ると、ただ誰でも手で折ればきれいに仕上がるということではないように思えます。作り手がその経験から、美しく、しっかりとできあがるように寸法を出し、断裁して試作し、それをもとに型抜きする、そんな工程の流れ一つ一つに詰まった、時の積み重なり、人から人へ受け継がれてきた製本技術の確かさを思います。その夜の工場に満ちていたような、仕事に打ち込む静けさの先に、軽やかな本が生まれるのではないでしょうか。
 受け継がれ、積み重ねられてきた技術が、日々とつとつと用いられる伊那工場で、一冊一冊、本が作られていくことを思うとき、あの夜の工場長の姿が心に浮かびます。

■詩集は宝物

 あらためて、上島明子さんに詩集づくりのことをお訊きしました。


──今回の詩画集だけでなく、これまでもさまざまな詩集や歌集、句集の製本を手がけていらっしゃいますが、すでに機械製本が主流となり、さらに電子書籍が登場したいま、詩集を手製本することにどんな意味があるのでしょうか?

上島さん:本の文化を愛している方、これまでに作られた美しい本をご存じの方々は、いまご自分自身も、誰かに愛される本、誰かに美しいと思ってもらえる本を発信したい、残したいと考えていらっしゃるようなのです。まるでそれが義務であるかのように。

 本の文化は受け継がれていくものですから、明治、大正の頃に作られた本で美術館に入っているものがあります。それと同じように、いまの時代にも作っていかないと、次に続いてはいきません。

 昔の文豪は、自分の作品を親しい身内に配るときには特別な装丁にしていたそうですが、かつては普及版だけでなく、限定部数で特装本を作る慣習がありましたので、いまもそうしたご依頼をいただくことがあります。

 そのときには、作家の皆さんにとって、まずご自身にとっての宝物になるものを作らないと、と大事に思って作っています。


──宝物、ですか。

上島さん:詩集ってそういうものですよね。誰かにとっての宝物、そのお手伝いができたら。

photo by ©Chika Takami

■インタビューを終えて

 手仕事で一冊一冊作られた詩集というと、なんて贅沢だろう、と思うかも知れません。そんな特装本が作れたらもちろんいいだろうけれど、そんな豪華な本はとても自分には……という声を、書き手の間で聞くこともあります。
 でもそれは、ただ贅沢な本、ただ豪華な本、ということなのでしょうか。
 では質素な本、シンプルな本とは、どのようなものでしょう。

 明子さんの父、美篶堂を創業した上島松男さんが製本の世界に入ったときは、まだ自動で製本をする機械はなく、職人が素早く、正確な手作業で、たくさんの本を作っていました。みんな素晴らしい技術を持っていた、と松男さんからうかがったことがあります。
 でも、ある時点を境に、熟練した職人たちが、その技を必要とされなくなりました。機械のそばに立ち、機械を操作し、本ができあがっていくのを見守るのが仕事になりました。手製本から機械製本へ、製本の主流が切り替えられた瞬間でした。
 それを目の当たりにしたとき、何かが違う、と松男さんは思ったそうです。
 効率、生産性、採算、それらは大事なことだけれど、それだけじゃない。本というのは、そんなふうに生まれるだけでは済まないものではないか。そう考えた松男さんは、製本所の手製本部門を背負うことになり、やがて、手製本を志に掲げ、美篶堂を立ち上げることになります。

 もちろん機械で本は作れるし、現にいま書店に並んでいる本はほとんど全て、ライン化された機械製本です。ではどうして、非効率で、生産性が低く、採算を合わせることが難しい手製本を、いまもぎりぎりのなかで続けている人たちがいるのでしょう。
 それは贅沢な本、豪華な本、特別な装丁の凝った本を作りたいからでしょうか?
 松男さんが、自動で製本する機械に仕事を奪われていく職人の姿を見たとき、違うと思った、のはそういうことでしょうか。

 詩集は糸縢りでなければいけない、活版で刷られてなければ、手製本でなければ、といった話では決してなく、コピー本であれ、簡易製本であれ、そこに何が書かれているかが詩にとっての全てだとして、その書かれた詩は、借り物でも自動作成されるプログラムでもありません。その詩人が書いた言葉です。

 何を大事にしたいのか、何が人を動かしているのか、そうしたところで作り手と書き手とが同じ目線に立ったとき、見えてくるものがある気がします。

profile

美篶堂(みすずどう)

美篶堂の初代親方、上島松男さんは老舗製本会社で10代から修業し、1983年に独立して美篶堂を創業。今年30周年を迎えます。
デザイナーや装丁家の高度な要求に熟練した技と創意で応え、数々の特装本を手がけます。またそうした製本の技術を生かし、美篶堂オリジナルステーショナリーを発信。初心者から楽しめる製本ワークショップを定期的に開催。部数限定の特装本の詩集を製本することも。
著書:『はじめての手製本 製本屋さんが教える本のつくりかた』(美術出版社)、『製本工房・美篶堂とつくる文房具』(河出書房新社)、『ちいさくてかわいい手づくりの本 3種類の製本レッスン』『はじめての豆本』(ともにグラフィック社)

→美篶堂のホームページ

聞き手/詩学の友編集部

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