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詩の散歩道 3

冬に想う

小網恵子

 木々の葉もすっかり散って街路樹は骨格だけになった。草も枯れ寒々とした景色だ。この季節に植物園を訪れるとツワブキの黄色や山茶花の紅などわずかな冬の花に温められる。今回は野草百花苑を訪れた詩から紹介したい。

「冬の庭師」   関 富士子

野草百花苑の木戸には太い鎖がかかって
庭はさっぱりがらんとしている
藪も枝も短く刈られ落ち葉も残っていない
午後の光がぜんたいを照らすので
すみずみまで見わたせる
小道は掃き清められた
枝にはたくさん芽がついて日なたの水仙はもう蕾があるが
庭師はいない
木戸のこちらから目でたどって
いくつもの何もない花壇をめぐり
あんがいに狭い行き止まりからすぐに
小道を戻ってしまう
森のようにどこまでも深いと思っていたのに

春から秋のあいだ木戸は夜も昼も開いていた
草木は茂るまま花は咲くままでいつも
植物の伸びる気配があって
入り組んだ小道の奥をどこまでも行くと
ひとりの庭師がいた
一本の木に立ったまま寄りかかっていつも眠っていた
金色の樹液で胸をごわつかせ
肩に苦い桜桃が散らばるときもあった
ほかの人間には一度も出会わなかったが
訪れる者のばらばらな痕跡をいたるところに見つけた
ちぢれた葉には虫食いの跡のように
たどたどしい文字がつづられていた
花のない季節に会いましょう
植物たちが眠っているあいだに

庭師をおどろかせないように
そっと歩いたのだったが
彼はいつのまに目覚めたのか
このあいだまで枝には
だれかの瀕死の感情がぶら下がっていたのに
おもむろにその枝を下ろし
すがれた葉を引っかき巻きついた蔓を切り
空っぽに開いたままの莢やかすかに色の残った花殻を
すべて集めて大きな麻袋に詰めたのだ
へんに軽い死骸のようにいくつも運び出しただろう
それから木戸に鎖をかけて
それが庭師の最後の仕事だ
冬の河原で反古を燃やすために
行ってしまった

 (関富士子詩集『ピクニック』/あざみ書房, 2000年)

 最初の連は冬の野草百花苑の様子を丁寧に描写している。二連は春から秋までの草木が繁茂している状態。そして庭師が登場するが、この庭師はいつも眠っている。この苑で人に会うことはないが、訪問者の痕跡をあちこちに見つけるという。「花のない季節に会いましょう/植物たちが眠っているあいだに」という文字は不思議なメッセージだ。誰から誰へ送られたものなのか?そして最終連で眠ってばかりいた庭師の仕事ぶりが紹介される。
 はじめてこの作品を読んだ時、作者の心の中を野草百花苑に見立てて描いたものなのかと思った。茂ってくる感情をそのままにしている春から秋の状態、けれど冬になれば気持ちも落ち着き人とゆっくり会うこともできる、というように。しかし、最終連の「冬の河原で反古を燃やすために」を読んで、これは詩を書くことについて歌ったのかな、と思い始めた。「だれかの瀕死の感情がぶら下がっていた」枝を下ろし莢や花殻を片づけていくこと、書き終えた後を整える者として庭師をイメージしている気がする。自分の内に茂ったもの、花開いたものを取捨選択して詩を書く孤独な作業。そして残ったものを片づけていく庭師をもつこと、確かにそうしてわたし達は詩を書いているのかもしれない。
 次に、年の初めの年賀状についての詩を紹介したい。最近は年賀メールが盛んだが、年賀状を前にした心境を描いている。

「棲息35」   小林尹夫

白い葉書を前に置く。
ざわざわした葉脈をじっと見つめていると、
花か、種子か、年輪か、水道か、丸が一つ、浮かんでくる。

本当はそんな丸を一つだけ書けば充分なのだが、
私の中に丸一つでは満足出来ない虫が棲んでいるために、
今年の賀状もイジイジしたつまらないものを書いてしまった。

表の顔があんまりそれらしく、
伝統を装って、かしこまっているので、
裏には控えめな丸を、正直に置きたいのであるが、
挨拶はどうしても文字になろうとして這いまわる。

霧に沈んだ森の奥からゆらゆらとさまよい出て、
何かの尖った指先に触れ、パチンとはじけ、
隠れていた虫が驚いて逃げ出す。
そんな心細いぼやぼやした丸を、心に一つだけ描く。

 (「鰐組」227号/2008年)

 年賀状を書く時間は、年末の忙しい中でもこの1年や来し方を振り返る特別な時間だ。ここでの年賀の葉書は表面が葉脈のような体裁なのだろうか?そこから植物の発想として花、種子、年輪、水道(みずみち?)が浮かんでくる。それらは今まで生きてきた人生のシンボルとして語られる。さらに丸が一つという象徴化も見事だ。過不足ない丸で充分としながらも、丸という形に納まれない自分。言葉に、文字になろうとする虫を描くことで心の置き方と書くことについて想いをめぐらしている。年賀状という伝統的、社会的な挨拶を題材に、自分自身と向き合っている。

profile

小網恵子(こあみ・けいこ)

1952年東京生まれ。1998年詩学新人。詩集『雲が集まってくる』(詩学社, 2000年)、『耳の島』(書肆青樹社, 2002年)、『浅い緑、深い緑』(水仁舎, 2006年)

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