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今月のコトバト

2014.6

 石に雀   山之口貘

ペンを投げ出したのが
暁方なのに
寝たかとおもうと
挺子を仕掛ける奴がいて
いつまで寝ているつもりなんですか
起きてはどうです
起きないんですかとくるのだ
何時なんだい
と寝返りをうつと
何時もなにもあるもんですか
お昼というのにいつまでも
寝っころがっていてなんですかとくるのだ
降っているのかい
とまた寝返りをうつと
照っているのに
ねぼけなさんなとくるのだ
降っている音がしているんじゃないか
雨じゃないのかい
と重い頭をもたげてみると
女房は箒の手を休め
トタン屋根の音に耳を傾けたのだが
あし音なんです
雀の と来たのだ

suzume

illustrated by ©Yuh Morimoto

 貘さん、という詩人がいました。山之口貘と書いて、やまのくちばく、と読みます。戦前から戦後にかけて活躍した詩人です。

 沖縄に生まれ、絵描きを夢見て上京したのが、いつの間にか詩を書くことが生きる中心になり、故郷からの仕送りが途絶え、身寄りのないままその日暮らしのように、詩の原稿だけを抱え、都下を住む部屋も仕事も輾転としながら過ごします。あるときは公園のベンチで眠り、またあるときはダルマ船に住み込みで働き、住所不定の貧乏詩人の代名詞、とさえ言われるようになりました。

 でも本当は、そんな世間向けのレッテルでは、貘さんという人間を呼び指すことはできません。生きるところに詩があり、詩があるところに生きる姿がある。そんな貘さんの詩は、ゆらぐことなく、人間の本性を照らします。

 座蒲団   山之口貘

土の上には床がある

床の上には畳がある

畳の上にあるのが座蒲団でその上にあるのが楽といふ

楽の上にはなんにもないのであらうか

どうぞおしきなさいとすゝめられて

楽に坐つたさびしさよ

土の世界をはるかにみおろしてゐるやうに

住み馴れぬ世界がさびしいよ

 座蒲団に坐ることを、さびしいといった。貘さんの代表作のひとつです。那覇で六十年以上続いているという、古い民謡酒場で飲んでいると、店のご主人が「ここに貘さんが来たことがあります」と教えてくれました。そして店の二階へ案内していただくと、この詩が刷られた暖簾がかかっていました。

 濃い静かな空間に、貘さんのいた名残りがあったかどうか、酔った身で何が感じられたわけでもありません。ですが、たしかにここにいたんだと思うと、土の世界からいまの世の中まで、ぐるんとあたりが回るような気持ちがして、一体いま自分が立っているのはどこだろう?と、不思議な時空へ連れ出される思いに駆られます。

文/編集子

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