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詩じゃない日の暮れ方 3

暗記じゃない日の暮れ方

花本武

 なかなかものを書けないときというのがある。今がそうだ。そこをおして、どうにか書きすすめていこう。
 本棚に『きちんとした手紙・はがき・文書の文例集』という本が差さっている。タイトルどおりに、テンプレート満載の一冊だ。とても便利で都合の良い実用書だ。『きちんとした詩・詩じゃないもの・詩論の文例集』なんて本があったら不気味だ。
 テンプレが絶対にあり得ないところが詩の自由さなわけだけど、いっそテンプレに沿って作られた詩なんていうのも読んでみたい気がしました。一体どんなものになるのでしょうか。たぶん面白いものは、面白いだろうし、そうじゃないのは、駄目だろうし、枠組みがあるかないかってだけで、何も変わらないのかもしれませんね。

 毎回確認するかもしれないんだけど、この連載は、「詩じゃないものから詩を読む」っていうテーマを掲げるものです。どういうことなのか自分でもわからず、難儀きわまりないです。回を重ねるごとに自分が書くことに矛盾が生じる予感がしてきてます。そのあたりを、寛恕していただかないことには、どうにも進めようがないのです。ずいぶん無責任な言い様なんですが、そういうものだとおもってください。
 それにしてもこのどのように書いたらいいのか、五里霧中なテーマ設定が恨めしくなってきました。ぼくは往々にして人の期待を裏切るのですが、この原稿もまさしくその類の仕事なのではないかと、本当にヒヤヒヤしてます。
 詩ってなんなんでしょうね、本当に。いきなりストレートすぎる問いかけになってしまいました。詩人は、どこで生まれるのでしょう。友人のMさんが書いた「詩人の誕生」という詩があります。その詩では、子供が言葉を獲得する情景がクローズアップされます。生物的な本能として切実に希求される言葉。それが詩になっていく。そのようにも読みとれます。

 小学生の国語の授業で詩が扱われた記憶があんまりありません。先生としても教えるのが難しいし、学校で先生から教わる詩、というのがそもそもなんだか違う感じがしちゃいます。ものすごく詩に対して情熱的な先生もいらっしゃるのでしょうが、その次元の善し悪しではなさそうです。国語という授業に含まれてしまう時点で、どうも存在感を発揮できない感じがします、詩は。
 国語の時間は、教科書を生徒に順繰りで音読させることにかなりの時間が割かれていたような気がします。ぼくはあれがかなり好きでした。得意だったと言っていいでしょう。得意になっていた、と言わざるを得ないかもしれないし、それで人生が折れ曲がったような気さえしてます。
 「大造じいさんとガン」という掌編が5年生か6年生かの国語の教科書に掲載されていて、それを例のごとく、クラスの衆で読み継ぐ授業が繰り広げられたわけです。席の順にちょこっとづつ読み進めて、最後の方のクライマックスに当たる箇所を自分が読む流れになりました。そのころ滑舌という言葉は、知らなかったとおもうけど、良かったのでしょうね。なぜか興が乗ってしまって、感情を込めコブシを効かせた、浪花節のような朗読を披露している自分がいました。
 先生に喝采されて、すぐに舞いあがってしまいました。性格が単純なせいか、こりゃイケルとおもってしまったのです。その後も自分が読む番が来れば、オンステージです。失笑してるクラスメイトもいたはずですが、当時は目に入りません。
 そして小学校生活を締め括る学芸会を行うという段になって、いよいよピークを迎えます。ぼくは暗記が大の苦手だったので、セリフを覚えるくらいなら、地味な裏方に徹したいと考えてました。そんななか出し物が誰の発案か、影絵劇となったことが発表されました。だったら本番も台本読んでりゃいんじゃん!
 ネタはごんぎつね。ごんは女子がやって、兵十を男子がやる。オーディションは3人。受からなきゃウソってテンションで臨んで受かり、みっちりと稽古をすることになりました。なんだか熱狂的にセリフを読み込む日々になりました。先生もけっこう本気で駄目出ししていたようにおもいます。
 舞台の裏は、影を際立たせるためにかなり強い照明が用意されてました。稽古中に待ち時間が出来て、退屈していたときです。なんとなく台本でそのスポットライトの光を遮ったりして遊んでいたら、着火しました。こっぴどく怒られたようにおもうのですが、なぜかあんまり記憶がありません。ただ台本のまだしも無事なページを不思議そうに見つめたことが鮮明に思い出せます。黒い文字だけが煤けて、抜け落ちてしまってました。
 影絵劇ごんぎつねは、大盛況だったようです。一年生が泣いていたとのことで、驚きました。なんとなく大人に受けるとおもっていたからです。
 この経験から、ぼくは後に突然、声優を志したり、ポエトリーリーディングに傾倒するようになったりと人生に奇妙な横道をこしらえるようになってしまったのでした。

profile

花本武(はなもと・たけし)

書店員。1977年生まれ。東京都武蔵野市在住。
本と本屋と詩を愛好してます。

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