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《第二期》詩の散歩道 12

炎天下に届いた詩の果実を明け方の空気で冷やして読んだ詩、三つ

阿蘇豊

 ああ、夏が終わる…というか、今年はきちんとした夏はあったのか。夏、から連想される夏らしい日は何日あったのだろう。日本海に波は騒ぎ、太陽ははしゃぎすぎたり、落ち込んだり、まともに季節を見せてくれなかった。ただ、西瓜は、西瓜だけは食った。親戚の農家から車に積めないぐらいもらい、知人に配り、それでも残って、毎日食った。最後に残ったヤツもそろそろ中身がアブなくなってきたので、今朝はミキサーにかけてジュースにした。どうしてか日本にない生スイカジュースで、今年の夏をなんとか〆た。

  朝の礼拝

部屋の窓から
朝の光が
まっすぐに差しています

床に座って
足の裏を
朝の光に当ててみます

(今日も一日
 日差しの下を
 歩いてゆかれますように)

舌も伸ばして
ぺろぺろっと
朝の光を舐めてみます

(今日も一日
 飲んだり食べたり
 できることなら鳥のように
 言葉も交わせますように)

尻にも
朝の光を
拝ませようとしましたら
文字どおり
それは尻込みしました

(日の光の届かない
 深海の魚のように
 今日も一日
 闇に守られていたいので)

 (村野美優/詩集「むくげの手紙」より)

 一読してふふふと笑いが洩れた。きっと、足の裏、舌、尻という日ごろ体の中で日陰者に甘んじているところに敬虔な朝の光を当てようとしている様子がコミカルに思い浮かべられてのふふふなのだろう。ぺろぺろっと、尻/尻込み、などの言葉づかいにもウイットが感じられ、楽しくなる。かっちりしたリズムに乗って、柔らかくことばが紡がれ、浄化された気分になる。おかげで心地よく一日が始められそうだ。

  毛虫

アスファルトの歩道を
茶色の三センチほどの毛虫が
全身を波打たせて
見たこともない速さで横切っていく

この明るい広場になぜ出てくる羽目になったか
彼に聞いてもきっとわからないだろう
走るように移動していく前方には
草も木も見当たらないが
ゴールなど思ってもいないように
昨日も明日もないように
一心に今を疾走している

踏まれる危うさの中を
突進するその姿は
溢れるほど注がれている光に
ふさわしいのだった

 (田中美千代/詩誌「虹」第8号より)

 さわやかな朝から、一転して「毛虫」。毛虫が好きだという人、まあ、いないでしょうね。ましてや毛虫の詩を書こうと思う人なんて。だから、田中さんはえらい(上から目線でなく)。毛虫だって我々と同じ生命体、生まれたらいつか死ぬ、生きる目的はなに?わからない、など共通点はいろいろある。なのに、毛虫は「ゴールなど思ってもいないように / 昨日も明日もないように / 一心に今を疾走している」。対して、ヒトは人生に意味を見つけ出せなくて悩み、昨日の所業を悔やみ、明日を予想してうなだれる。学ぶものは毛虫からでも、というのですね。そうだね、取るに足らぬ虫、雑草、石ころ、あるいは欠けたコップ、色あせた複製画、なども、いっぺん目を閉じて10数えてから目をあけると、キラキラ身を震わせて訴えかけてくるかもしれない。

  死んだふり

こんな激しい雨の日は
畳にすっと横になり
日常捨てて死んだふり

子犬が顔を舐めてくる
くすぐったいけど死んだふり

電話のベルが鳴ってます
どうせたいした用やない
たいした用でも死んだふり

玄関チャイムの音がする
郵便屋さんか友だちか
だれも居ません死にました

あのことこのこと
どないしょう
しょうないやんかと死んだふり

周りがざわざわ騒がしい
いつの間にやら北枕
顔の上には白い布
なんでなんでと泣く娘
もっと泣いてと死んだふり

お線香のけむりがささやいた
とっくの昔に死んでます

激しい雨は読経です

 (中井ひさ子/詩集「渡邊坂」より)

 「オモロイ」と、浪花弁で、カタカナで言いたくなった。遊んでるなあ。楽しんでるなあ。その余裕(見せかけでも)、うらやましい。それに浪花弁の油のようななめらかさがさらに明るい色っぽさを添えている。なんて、言ってしまった。どないしょう。ん?しょうないやんか。
 この詩を三回読むと、三回念仏を唱えたような気になって、無事にあの世に行けるような気がする。そう、生きてる間、死んだふり。ふりのつもりがいつの間に死んでるって、いいなあ。それにしても、どうにもならない死について、こんなのんびりうたった詩は初めて見るなあ。

profile

阿蘇豊(あそ・ゆたか)

1950年生 山形県酒田市出身
詩集
『窓がほんの少しあいていて』(ふらんす堂、1996年)
『ア』(開扇堂、2004年) 他
『とほく とほい 知らない場所で』(土曜美術社出版販売、2016)
『シテ』『布』『ひょうたん』同人

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