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《第二期》詩の散歩道 9

庭にフキノトウ!それだけで心踊る北国の隅っこで浴びた詩、三つ

阿蘇豊

 なにしろ春がそこまで。そう思うだけで口元がほころんでくる。口笛で「マイ・ウエイ」なんぞを知らずに吹いている。まだ春は兆しでしかないけど、あるいは兆しである、寒さの残る今がいいのかもしれない。本格的な春になると、温もりにすっぽり漬かって、うれしさもふやけてしまうかもしれない。

  その理由

こんな所に居たら
未来を亡くす
それが彼女の理由だった
こんな所に居るからこそ
見えてくるものもあるんじゃないの
それがわたしの理由だった

いつまでも話は平行線で
どちらかが歩み寄ろうともせず
お互い何かを掴んで証立てる
ということもなく
それではお元気でと
にっこり笑って別れるしかなかった

そんなことをくり返しながら
わたしたちはどこまで行くのだろう
無為こそが人生
そんなふうに思えてしまう
時を過ごして

それにしてもやけに
暑苦しい夏だな
天変地異とでもいうのだろうか
それも何かの理由ではある

都合のよいことばかり
起きるわけでもないので
それでも何かに触れることもあり
冷たいものが流れていくこともあり
熱いものがこみあげてくる時もあり
それがその理由なのかもしれない

 (寺田美由記/詩誌「タルタ 38」より)

 いつも具体的な動向の伝わる詩を書く人という印象だったが、この詩はそこを抜けて抽象の高みに達していると感じられた。特に、最終行の、「その理由」というのがはっきりわからなくて、もどかしくて、でもこっくりとうなずけて、それ以上の解析などいらないものだった。ただ、すてきな謎が生まれたという印象が鮮やかに残った。

  森よ、わが父よ

森よ、わが父よ、
黒い父よ、
あなたは私を育て、
あなたは私を捨てた。
あなたの葉は震え
私も葉のように震える、
あなたが歌い、私も歌う、
あなたが笑い、私も笑う。
あなたは忘れなかったし
私もあなたを覚えている。
おお、神様、私はどこに行けばいい?
何をすればいい、どこから
おとぎ話とうたを取ればいい?
私は森へは行かない、
川にも出会わない。
森よ、わが父よ、
黒い父よ!

 (パプーシャ/詩集『パプーシャ その詩の世界』より)

 こんなストレートな思いを詠った詩を目にすると、ホッとする。作者の思いがまっすぐ、私の心を射るから。理解するという段階を省いて、読み手の心が明るくなったり、暮れなずんだりする。直接心に語りかける。詩とは、元来そのようなものではないのか。短い言葉で、人を捉え、見知らぬどこかに誘うような。
 作者はポーランドの放浪の民、ジプシーの女性。以前、森と川は自分を育て、理解してくれる存在であった。父であったその森が自分を捨てた。もはや関係の潰えた森に向かい「私はどこに行けばいい?」「何をすればいい」と祈るその声は切実に、悲痛に木霊する。

  尻軽

きのうは死んだふりして
きょうは生きているふりしている
お尻がどんどん重くなっていく
手足だけは元気なので
電車に乗って皿洗いにいく
おとといまでは
誘われればどこへでも飛んでいき
飛んでいったまま戻らない
ということもあって
ホントは尻軽女なのです
そこの人 誘ってみて
すぐ飛んでいきます

重くなったお尻は漬物石になるしかない
重石をのせるほど漬物はつくりません
礎石になるしかない
家の礎石になってじっとしていた
お尻がムズムズしてきた
我慢できない
からだを動かしたら
家が傾いてきた

安泰だと思っていた家なのに
子どもはひきこもりになっていた
傾いたらあわてて窓からとび出してきた
あさってごろには家は沈むでしょう
沈む家からはネズミが
ゾロゾロ這い出してきます
猫 出番です
わたしにはもう出番はない
舞台のそでからそっと客席をのぞき見している
猫 お別れです

 (長嶋南子/詩集『はじめに闇があった』より)

 読んでいくうち、何とも言いようのない感情が湧き立ってくる一編だ。おかしみ、あきらめ、さびしさ、漠とした不安などが混じり合って、読み手の胸底にうすぼんやりとした雲となって降りかかってくる。これをペーソスというのだろうか。漂う不安、哀感?もはや生きているのかどうかさえ自覚できない日々の中で、ただお尻だけが大きく構えてしまうなんてね、だれがそんなこと想像するかねえ。しかもそのお尻が家の礎石や漬物石に化け、果ては家を傾かせてしまうっていうんだからね。そんなふうにペーソスの中に自分を戯画化し、笑いでくるんで見せるしたたかさに感心する。なんとはなしに、チャップリンの短篇を思い出してしまった。

profile

阿蘇豊(あそ・ゆたか)

1950年生 山形県酒田市出身
詩集
『窓がほんの少しあいていて』(ふらんす堂、1996年)
『ア』(開扇堂、2004年) 他
『とほく とほい 知らない場所で』(土曜美術社出版販売、2016)
『シテ』『布』『ひょうたん』同人

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